懐胎した犬のブルース


People In The Box "懐胎した犬のブルース" (Official Music Video)

 

 2011年の東日本大震災とそれに伴う原発事故が起こったとき、僕は一種のアイデンティティクライシスとでもいうべき状態におちいった。それまでに自分が作ってきた歌詞が大きな問題だった。3月の公演が延期となり、2本のライブが4月に持ち越されたものの、過去の自分の作った歌を歌うのが苦痛で仕方がなかった。

 たくさんの人が命を失い、たくさんの人が住む土地を追われることとなった。不誠実が明るみになり、その社会に自分自身が間接的に加担していることも明らかになった。そんななかで自分の歌う歌はといえば、無軌道であるがゆえに本質を言い表している「ように」聴こえる、単純にいえば倫理への配慮に欠けた言葉の連なりに思えた。イメージのままに書きつけた言葉が鋭利な凶器となり、物語という枠組みがやたらと災いを想起させるトリガーとして機能した。

 それはいわば、自分の言葉への不信感が根深く植えつけられたきっかけでもあり、ある意味では物語が自走する危うさ、恐怖、恐るべきパワーを思い知らされたということでもあった。なにより辛かったのは、世界が一変したあとに自信を持って作ったはずの歌を自分自身で真っ向から否定せざるを得なくなったことだった。自分の存在理由とまで思えていたはずの作品の、あまりの強度の無さに、打ちひしがれてしまった。これまでやってきたことはなんだったのだろうと。

 震災以前の作品の歌詞に対して、紆余曲折を経た現在ではとても誇りに思っている。あのむこうみずな鮮やかさは、あの頃にしか作れないものだったと思う。問題は、ほとんどが自分vs世界という構図、例えるなら「子ども」の立場からの視点に終始していることだ。子どもの立場、それは愚かさが許容されるがゆえに無軌道であることも許され、何ならそれを無垢と美化されもするような立場だ。そしてそれは例えばロックバンドと呼ばれる多数のバンドの姿勢として、ありふれたものでもある。愚かさを許容される世界があることで、救われることあるのは間違いない。人は誰もが愚かであることから本質的に逃れられないはずだからだ。一方で、演じられる愚かさはある種の陶酔状態や、麻痺のなかでのみ機能する。裏返せば、自分の愚かさをいちど自覚した瞬間、たちまち陶酔は解除されてしまう。陶酔が解除された位相で世界をみる人のための音楽もまた存在しなくてはならない。そしてなにより僕自身が、また大きな出来事が世界を襲ったとき、また同じように動揺することになってしまう。無自覚な愚かさから逃れられないのことに腹を括った上で、僕は自覚できるかぎりの愚かさへと帰っていくことだけはしまいと思った。なるだけ陶酔を遠ざけようと、冷静を保とうと心に決めた。

 そうした経験が、そのショックの反動が、今に至るまで僕の創作を形作っているすべてだといっても過言ではない。その結果、僕の歌詞はきわめて社会的、もっといえば露骨に政治的な性質を帯びることになった。同時にあれほど怖かった物語という枠組みこそが、ピープルの音楽を党派やスレテオタイプに利用されることから守ってくれている。

 品のない言い方になってしまうけれど、9年前から、いつか必ず訪れる非常時や危機的状況下でも演奏や聴くことに耐えうる歌詞を書くことを心の底で目的としてきた。あの頃とくらべると少しはましなものを作れるようになっているだろうか。少なくとも、アルバム『Tabula Rasa』を聴くのに相応しい世界は今をおいて他にないと思っている。単純化ステレオタイプ化していく表層や外観を拒否することは、とてつもない孤独を伴う。どうか助けになればいいと思う。

 世界ではコロナウイルスによる死者は1万人を超えた。これからも死者は増えることになるだろう。それにともなう人災も日本では起きようとしている。9年前からずっと、同じような問いかけは続いていた。

 

『懐胎した犬のブルース』

 

忘れてしまうだろうね
さっきまで熱っぽく話していたことさえ
日課のコーヒーひとつ、いれることもやめてしまった
冷めきって 固まったシチューのポット

ねえ ボーイスカウト すぐに火を起こして
海をあたためて
懐胎した犬のブルースが聴こえる
ウォウ、ウォウ、ウォウ

 

楽しみ尽くしたら
さよなら友達よ
ぼくを救えないひと
忘れてしまうだろうね
催涙スプレーの昼も
ヒトビトがどんな遠くからやって来たかも

ねえ ボーイスカウト かたく紐を結んで
暴れて 怪我せぬように
明日生まれ変わるから 記憶はいらない
バイバイ

 

ねえ ボーイスカウト かたく紐を結んで
暴れて 怪我せぬように
明日生まれ変わるから 記憶はいらない
バイバイ

ねえ ボーイスカウト すぐに火を起こして
海をあたためて
懐胎した犬のブルースが聴こえる
ウォウ、ウォウ、ウォウ