2016年

 今年はとにかく充実した一年だった。People In The Boxとしては初めて一枚も作品リリースをせず、ライブの数も激減させた。これは今までの慌ただしかった活動をペースダウンさせようとした結果などでは、決してない。  単純に音楽的な理由のない公演は行わない。また新作をリリースするタイミングをスケジュールベースで決めない、という普通のことをこれまで以上に徹底してやった結果である。それ以外は、モチベーションもなにもかもが変わっていない。  正直、よく言われる表面的に可視できる活動をしていないと運営上不安になるというのは、音楽とは関係のない問題であり、そういったことで不安になるような時期は僕らはもうとっくに終わったんだと思った。

 身の回りでは素晴らしい作品がいくつもリリースされた。友人知人が発表する作品にこんなに興奮した年は久しぶりかもしれない。  それらのほとんどが、世間的にはほとんど騒がれていないことを悔しく感じる反面、同時にそんな瑣末なこと気にする必要はそもそもないな、とも思う。  十年以上に渡って聴かれるものを作る価値を、それらの音楽家はみんな経験として知っているからだ。十年後に別の意味合いを持ち始めることが音楽にはあることは、これまでの歴史が物語っている。そもそも僕に関して言えばリアルタイムで世間に騒がれる音楽なんてほとんど聴いてこなかった。データによって廃盤になっても音は聴くことができる現代は、音楽家にとっては悪い時代ではないと思う。

 最近会って話をするような音楽人たちは、それぞれ立場や状況は違えど、考えていることは大まかに似ている。おそらく考えが似ている人をお互いに嗅ぎ分けているんだろう。各々がこれまでどおり、しっかりと自分の問題として行動すれば、あと数年で今よりもっといい感じに環境が変わってくるのではないか。なんとなくそんな気がする。

 今年の個人的一大トピックは6月のソロアルバム『僕が毎日を過ごした場所』のリリース。正式にリリースする初めてのソロアルバム制作には、僕が音楽活動をする上で必要だと思ったプロセスをすべて詰め込むつもりでいた。  バンド活動の番外編なんかではない、純然たる作品を作ろうと思った。People In The Boxのメンバーであるという事実、それ以外の先入観がない状態で聴かれるデビューアルバムがどういうものであるべきか、時間をかけて熟考した。そんなチャンスはそうそうない。だから音楽的な内容は雑誌の自分が持つ連載以外では、自分からは一切触れていない。  発売に関しても、マスタリング以外はすべて自分でやったことの延長線として、自分にとって意味のある過程に終始させたいと思い、まずは手売りのみに決めた。完全なる自主制作。  抱えた在庫が自分の手から離れていくのを目の当たりにすることや、先入観のないまま音を聴いてもらえる状況はとても痛快だった。2016年の元旦に作業を初めて、他人の一切の感性が混じってこない純度の高い混乱を極めた作業から、すべてめの届く範囲で行われている販売までを含めた、この一連の経験の実感は、新鮮というよりもむしろ、この感じは知っているな、という既視感だった。それもそのはず、上京するまではずっと似たようなことを数年に渡って福岡で既にやっていたのである。

 プロモーションということに関しても考えた。宣伝というのは作品の性質とは関係のないところから始まる。それは悪いことでは決してなく、届けたいという想いの尺度であると思う。いろいろを踏まえた上で、僕はこのアルバムは宣伝に向いてないと思った。何かレッテルを付けた時点で、聴き手にとって失われる体験があると思ったからだ。

 来年は次の段階として、アルバムを各地の僕が好きな店に置いてもらって販売することも考えている。

 10月以降を振り返る。

 10/4京都のゲストハウスlenで長谷川健一さんと弾き語りツーマン。半年ほど前に東京の蔵前nuiでやったツーマンの京都編。東京編のときはアルバムの曲を初披露だったので、ツアーを経てのアルバム曲を磨いた形で聴いてもらうことができて嬉しかった。ハセケンさんの歌は出会った頃と比べると普遍的な力を持ち始めていて、心地よかった。ふたりで打ち合わせのないセッションから、People In The Boxの「8月」を演奏した。尺も決めずにその場の空気で歌い分けた。自分のハセケンさんの音楽に対する安心感というのは確固たるものなんだと、なんとなく思った。  lenはnuiと同じく開放感があって気持ちよい空間で、長谷川さんが潰れるくらいには深い時間まで打ち上げした。

 10/7下北沢251でdipヤマジカズヒデさんとツーマン。フリーペーパーJungle Lifeの今井さんがかなり前から温めてくれていた企画。ヤマジさんは歌もギター演奏も音が凄まじく瑞々しくてとても興奮した。いろんなタイプの曲をやっても、ヤマジさんの音になるのは魔法みたいだといつもながら思った。最後にvelvet undergroundの「Pale Blue Eyes」とdipの「corona sonora」を一緒にやった。背中でヤマジさんの音が鳴っていることに興奮した。いろんな話もできて、楽しい一日だった。

 10/30大阪城野外音楽堂『SSW』大柴広己くんのお誘いで、マイク一本の弾き語りフェス。普段共演するのとはまったく違う傾向のミュージシャン達との共演で、静かな演奏をするのは僕くらいのものだった。自分の常識が通用しない現場、とても面白い体験になった。大柴君もおそらくイベントのダークホースというか、良い意味でのスパイスとして読んでくれたのではないかと解釈した。それで夕暮れの良い時間に入れてもらった僕も、いつも通りの集中した演奏をすることができた。  こういったイベントを続けることが強い意志がないとできないことは、想像するだけでわかる。大トリの大柴君の演奏はそんな強さが現れたライブだった。

 11/20仙台SENDAI KOFFEEソロアルバムのツアーの続きの仙台編。SENDAI KOFFEEは初めて。とても居心地のよい空間で、頂いたコーヒーが好みにストライクで激しく美味しかった。この日の演奏、それまでのツアーから少し間隔が空いた分、調子を取り戻せるか少し心配だったのだけれど、まったく杞憂だったというくらい演奏に手応えがあった。ツアーで培ってきた演奏に拘らずにやった結果、もっと先まで行けた、という感覚。どうだったんだろうか。店主の田村さんに「Calling You」喜んでもらえて嬉しかった。

 11/28香川カレー六ろくソロツアー四国編。店の移転にかこつけて、四国編を六ろくでさせて頂くことに。店主のかなちゃんに足りない機材やら椅子やらを高松のネットワークでもって調達してもらい、結果いろんな人に協力してもらうことに。感謝。そもそもが美味しいアジアカレーの店なので、僕も終演後に食べたり飲んだりした。がらんとした店内でふんわり酔っ払って、これでツアーも終わりか・・・。と感傷に少しだけ浸る。

 12/3渋谷7th Floor『Forever』いつもお世話になってる江戸原くんの企画で、NOVEMBERS小林くんと、麓健一さんとの共演。小林くんは月見ルの共演ぶり。最近NOVEMBERSの「チェルノブイリ」が弾き語りのセットに入っていて、涙腺を刺激されて困る。麓さんは初めて。生活の奥底と表面が交差して曖昧になっていく様を描いてような、凄く魅力的なソングライターだと思った。   この日から僕は新機材を導入、ハーモナイザーだけで数曲演奏した。打ち上げでは麓さんが突然「小林くんと波多野くんはコンプレックスってある?」と訊いてきて、面白い人だと思った。終演後はみんなでギターを回しながら歌うという青春のような打ち上げをした。10人足らずの男がレナードコーエン「ハレルヤ」を熱唱する光景。

 12/20代官山晴れたら空に豆まいて『ひかりとまどろみ』森ゆにさんと初めて共演。楽屋では同い年ということがわかり会話も弾む。この日はフロアにピアノを下ろして演者を観客が囲む形で行われた。作灯の河合悠さんがステージの演出を手掛け、床に本物の枯葉を敷き、それをキャンドルが照らすという素敵な暖かいムードのなかの演奏。この日、まえもって森さんとふたりでなにか一緒に演奏して欲しいという企画してくれた三浦さんからの要望があったのだけれど、僕が別の作業が忙しく、中途半端になっては失礼と思ったことから、一度話しは立ち消えていた。けれど、先行の森ゆにさんの演奏が素晴らしく、キャンドルと枯葉のステージも本当に特別な日になっていて、なんとしても一緒に演奏したいと思い、森さんの本番の後に急遽、セッションを提案させてもらった。転換を利用して急いでお互い知っている曲を探し、打ち合わせて細野晴臣「恋は桃色」を二人で演奏した。森さんが枯葉を踏む音でリズムをとったので、僕も真似した。最高に美しい一日になった。  思えば2016年の最初の演奏も晴れ豆だった。この一年、晴れ豆にはとんでもなくお世話になった。これほど多く演奏していても、晴れ豆での演奏には良い意味の緊張が伴う。音楽的にとても挑戦しているハコで、中途半端な演奏はできないよな、という気持ち。

 音楽には謎がたくさん欲しい。誰のまわりにもいる、一見普通そうで、とんでもない人を思い描いて欲しい。でも誰もがそういう人なんじゃないかと僕は思っている。すべての感情を説明し終えた後に残る、謎。それが音楽であって欲しい。

 僕の音楽にはまだ謎が足りない!

 みなさんの2017年がよい一年になりますように◎

(20161231)