青木裕

 青木裕という人は、創作において、すべての近道を退ける、ずるいことを決してしないひとだった。ぼくはこれまで、あれほど誠実で自分に厳しいひとをみたことがない。ぼくにはそれが少し怖くさえあった。絶対に彼の真似はできない。理想の実現や葛藤と真正面から向き合ってきた、不器用なひとでもあったと思う。

 初めて彼に会ったとき、downyは活動休止中だった。水戸ライトハウスunkieとの共演で、楽屋でファンだと緊張しながら伝えると、目の前でおもむろにギターを手にとって「アナーキーダンス」、「△」、「漸」を惜しげも無く弾いてくれた。ぼくにとってみれば現在に至るまでdownyはヒーローのような存在で、ほとんど放心すれすれで喜ぶぼくを見て、裕さんも目を輝かせて喜んでいたのがわかった。

 あんなに澄んだ目をしたひとをみたことがない。

 凄いひとだった。彼を知る人は、寿命を全うした人間の平均的な一生の数倍以上の濃度で激しく生きたことを知っている。青木裕という人間を知っているというだけで、ぼくは創作においていい加減なことは決してできないことを念押しされるような心持ちになる。そういう意味において、彼はまだ現実に生きている。